子供の頃に流行った遊び、おもちゃ

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私が「ガチャガチャ」と呼び、現在でも「ガチャガチャ」と呼ばれているカプセルトイは、1970年代に流行り始め、当時の値段は20円でした。
母親からもらった20円を握りしめ、駄菓子屋さんに行くのが楽しみだった私は、カプセルに入っていたおもちゃを集めて楽しんでいました。
現在でも100円や200円の「ガチャガチャ」がスーパーやドラッグストアなどに置いてあり、20円だったのが嘘のようです。

私が子供だった頃の「冬の遊び」と言えば凧揚げでした。
そんな中、「ヒューストンからやってきた!」のキャッチフレーズで1974年頃登場したのが三角凧の「ゲイラカイト」でした。
ギョロッと血走ったような独特の目玉が特徴だった「ゲイラカイト」を父親が買って来てくれ、一緒に海岸に行って揚げたことを覚えています。
私もそうであったように、当時の子供なら誰もが揚げていたほど、「ゲイラカイト」は大ヒットしました。

「ゲイラカイト」と同じように大ヒットしたのは、実家に置いてあるよく遊んだ「フラフープ」「ダッコちゃん」です。
大ヒット「ダッコちゃん」が、人種差別の要素を省いたデザインに一新され、2001年「だっこちゃん」の名前で復活しました。 当時さまざまな色の「だっこちゃん」が発売されましたが、デザインが豊富になった現在では、ドラえもんやキティーちゃんの「だっこちゃん」も製造されています。

ゴムを動力に、竹ひごに紙を貼った翼の小型の模型飛行機「ライトプレーン」を、兄と弟と一緒に作った記憶があります。 竹ひごに主翼や尾翼、プロペラなどを取りつけた簡単な構造でしたが、子供ながら女の子にはちょっと作るのが大変でした。
「ライトプレーン」の性能を向上させるには、竹ひごや紙の扱い方や貼り方のほか、ゴムの巻き方や飛ばし方など、さまざまな秘訣があります。 しかし、子供だった兄と弟は秘訣などわからず、飛ばすことが楽しくて何度も飛ばしていました。

兄と弟は、駄菓子屋さんで売っていたソフトグライダーもよく買いに行っていました。
そんな兄と弟は、「あんたら、こんなのよう作るね。私らはこんなのよう作らんわ」と駄菓子屋のおばちゃんによく言われていました。
すると、工作がずば抜けて優秀だった弟がすかさず「おばちゃん、こんなの簡単やで一緒に作ってみるか?」と言い、おばちゃんは店先で作り方を教えてもらっていました。 「あっ」という間に完成させてしまった弟に、おばちゃんはびっくりしていました。

天気のよい日に広い場所で投げると、とても気持ちがよかった「フリスビー」を、幼稚園か小学生の頃、母親に買ってもらい、誰が一番遠くに飛ばせるか競争しました。 私が一番遠くまで飛ばし、兄が2番目、弟が3番目でした。

明日香健二さんが演じていた「秘密戦隊ゴレンジャー」のミドレンジャーの武器が「ミドメラン」というブーメランでした。 発売された当時話題になり、飛ぶように売れたブーメランに我が家も乗り、早速母親に買ってもらいました。

子供の頃、テレビドラマ「少年探偵団」のパチンコ名人「ゴムカン」に憧れていた私は、駄菓子屋さんで買ってもらった「パチンコ」で銀球や石のほか、かんしゃく玉も飛ばしていました。 さらに、ポリバルーンやバルーン風船も飛ばしていました。 みんなとても懐かしいものばかりです。

ファミコンが主流になった現在では、昔のおもちゃはあまり見かけなくなったうえ、年々駄菓子屋さんも店舗数が減り寂しい限りです。 たまには昔のおもちゃで遊んでみたいものです。